女性誌の編集部にいた頃から、美容業界で活躍する女性たちへの取材を数多く担当してきました。
フリーランスになって5年、ライターの桐島彩乃です。
取材を重ねるなかで、ずっと気になっていたことがあります。
美容業界のトップを走る女性たちは、仕事の話になると饒舌なのに、家族の話になると少し声のトーンが変わる。
力が入るのではなく、むしろ柔らかくなるんです。
彼女たちの成功を支えているのは、ビジネスの才覚だけではないのかもしれない。
今回は、美容業界で長く第一線に立ち続けている女性たちが、家族とどう向き合ってきたのかを掘り下げてみます。
美容業界と女性、数字が映す意外なギャップ
美容業界は「女性が活躍する業界」と思われがちですが、実態はもう少し複雑です。
厚生労働省の衛生行政報告例によると、美容業の従事者に占める女性の割合は86.2%。
圧倒的に女性が多い職場です。
ところが、サロンオーナーに絞ると状況が変わります。
美容室のオーナーにおける女性比率は約3割にとどまり、従事者の比率との間に大きな開きがあります。
エステやネイルサロンでは女性オーナーが8割を超えるものの、美容室ではまだ男性オーナーが主流というのが現実です。
なぜこのギャップが生まれるのか。
理由はいくつかありますが、よく挙がるのが「家庭との両立の難しさ」です。
現役美容師が約52万人に対して、資格を持ちながら現場を離れた「休眠美容師」は75万人。
出産や育児をきっかけに離職し、そのまま戻れなくなるケースが多いと言われています。
技術職であるがゆえに、ブランクが復帰のハードルになりやすいという事情もあります。
美容の仕事が好きで入った世界なのに、家庭を持つと離れざるを得ない。
編集部時代、美容師さんへの取材で何度もこの話を聞きました。
こうした環境のなかで、家庭を持ちながらビジネスを成功させた女性たちがいる。
彼女たちはどうやって家族と仕事を両立させてきたのでしょうか。
たかの友梨、78歳の経営者を支える家族の存在
美容業界で「女性経営者」といえば、まず名前が挙がるのがたかの友梨さんです。
1978年にたかの友梨ビューティクリニックの1号店をオープンしてから、48年。
2026年現在、78歳にして現役の経営者として走り続けています。
全国70店舗、すべて直営。
フランチャイズに頼らず自社で品質を管理し続けるスタイルは、創業当時から変わっていません。
2019年には西日本豪雨への個人寄付で紺綬褒章を受章し、2025年にも2度目の受章を果たしています。
養母の言葉が原点になった
たかの友梨さんの半生は、壮絶という言葉では足りないかもしれません。
2歳で養子に出され、その後も養父母の離婚を経験し、小学2年生で養母の実家に預けられました。
15歳のとき、戸籍謄本で自分が養子だったことを知ります。
そんな環境で育てた養母・八千代さんの口癖は「手に職をつけなさい」でした。
もうひとつ、繰り返し言われた言葉があります。
「頑張る人間と頑張らない人間が、同じことができるわけがない」。
この言葉が、24歳で単身フランスに渡る決断につながりました。
1972年、8か月間フランスでエステティックの技術を叩き込み、帰国後に美顔器の開発で起業。
そこから1978年にエステサロン1号店をオープンし、以降はスイスのエイジングケア、インドのアーユルヴェーダ、ハワイのロミロミなど世界中の美容技術を取り入れてきました。
養母から受け取った「手に職をつけなさい」という言葉を、文字通り体現した人生です。
35歳で豪邸を建てたとき、養母の反応は「おまえはこんなもんじゃない」だったそうです。
褒めるのではなく、もっと先を見せる。
厳しいようでいて、誰よりも信じている。
そういう距離感だったのだろうと思います。
娘・友花さんとの今
たかの友梨さんには長女の友花さんがいます。
最近のInstagramでは、友花さんとの日常が時折投稿されていて、経営者としての顔とは違う一面が見えます。
2026年1月には、友花さんが誕生日プレゼントとして手描きの肖像画を贈ったことが話題になりました。
たかの友梨さんは「人生でいただいたプレゼントの中で一番うれしい」とコメントしています。
また別の投稿では、友花さんが手料理を振る舞う様子が紹介されていました。
グリンピースのスープやイカ墨のスパゲッティを独学で作る友花さんに対して、「どこにも習いに行っていないのに、こんなに作れるようになって」と、母としての感慨が綴られています。
実際のやりとりはたかの友梨さんと子供のエピソードが綴られたInstagram投稿で見ることができます。
仕事では厳しい判断を求められる立場にありながら、家族に対しては素直に喜びを表現する。
そのギャップがかえって自然で、人間味を感じます。
たかの友梨さんは60歳のとき、双子の養子を迎えたことでも知られています。
自分自身が養子として育ったからこそ、血のつながりだけが家族ではないと知っている。
その実感が、経営とは別のかたちで「家族」を選び直す行動につながったのだと思います。
自身の経験が生んだ「子供への支援」
たかの友梨さんは1989年から、群馬県前橋市の児童養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」を支援し続けています。
35年以上にわたって、毎年の東京ディズニーランド招待やクリスマスイベントを実施。
屋内体育館や食育施設の寄贈も行っています。
さらにカンボジアでは4校の学校建設にも携わり、NPO法人地球こどもクラブの副会長も務めています。
支援活動は一時的なものではなく、30年以上途切れることなく続いている。
継続できること自体が、思いの深さを物語っています。
自分自身が養子として育ったからこそ、家庭環境に恵まれない子供たちへの思いが強い。
個人の経験が社会貢献に直結している点は、たかの友梨さんならではだと感じます。
神崎恵、シングルマザーから170万部の美容家へ
美容家の神崎恵さんもまた、家族との関係がキャリアに深く影響している一人です。
16歳で芸能界に入り、23歳で結婚。
長男を出産し、29歳で次男が生まれましたが、30歳のときにシングルマザーになりました。
生活のために何ができるか必死に考えた先に、美容家という道がありました。
30代後半で美容家としての地位を確立し、著書の累計は170万部を突破しています。
神崎さんの子育てで印象的なのは、「子供のペースを待つ」という姿勢です。
親が先回りしてやってあげるのではなく、子供が自分で動くまで待つ。
任せることで、自信を育む。
40歳で再婚し三男を出産した神崎さんは、こんなことを言っています。
「三男が社会人になる頃には60代半ば。人生のほとんどは子育て」。
ネガティブな意味ではなく、それを受け入れた上で自分のキャリアも積み上げている。
子育ては制約ではなく、自分自身を知るためのプロセスでもある、という考え方です。
編集部時代に神崎さんを取材した同僚がいましたが、「飾らないのに芯がある人」という印象だったそうです。
シングルマザーの時期を乗り越えた人の言葉には、理屈ではない重みがあります。
IKKOさんが美容師の母から受け継いだもの
美容家のIKKOさんは、母親が美容師でした。
小学6年生の頃にはすでに日本髪を結えるようになっていたそうです。
IKKOさんの母の口癖は「お客さんの悪口は絶対に言わない。お客さんには全力で尽くす」。
これは美容師としての職業倫理であると同時に、人との向き合い方そのものです。
19歳で上京するとき、母から送り出しの言葉がありました。
「あなたの人生なんだから、思うように生きなさい。ただし、自分で決めたんだから、何があっても最後まで貫きなさい。私はそれまで1円の援助もしない」。
突き放しているようで、根底にあるのは深い信頼です。
この言葉がなければ、今のIKKOさんは存在しなかったかもしれません。
たかの友梨さんの養母の言葉と、どこか重なるものがあります。
「手に職をつけなさい」も「自分で決めた人生だから貫きなさい」も、子供の自立を信じる親の覚悟がにじんでいる。
美容業界で長く活躍する人に取材すると、「技術」や「センス」の話はもちろん出てきます。
でも最後に残るのは、親や家族から受け取った「姿勢」の話なんです。
技術は後から学べるけれど、姿勢は家庭の中で育つものなのかもしれません。
女性起業家を取り巻く「今」の数字
3人のエピソードを見てきましたが、現在の女性起業家の状況はどうなっているのか、データも確認しておきます。
日本政策金融公庫の「2025年度新規開業実態調査」によると、新規開業者に占める女性の割合は25.7%で、4年連続で過去最高を更新しています。
開業時の平均年齢は43.9歳。
女性起業家が事業で重視することの上位は「仕事のやりがい」(40.9%)と「私生活との両立」(31.4%)です。
内閣府の男女共同参画白書(令和7年版)では、起業家に占める女性の割合が32.3%に達したことが報告されています。
政府の目標だった「2025年までに30%以上」を前倒しで達成した形です。
数字だけ見れば、女性が起業しやすい環境は少しずつ整ってきています。
ただ、管理的職業従事者に占める女性の割合は16.3%で、諸外国の30%以上と比べるとまだ差がある。
環境が整うことと、実際にそこで走り続けられることは、別の話です。
今回取り上げた3人は、いずれも環境が整っていない時代から自分の道を切り開いてきた人たちです。
たかの友梨さんが起業した1970年代は、女性が経営者になること自体が珍しかった時代。
データや制度が後押ししてくれたわけではなく、家族から受け取った言葉や経験が原動力だった。
3人に共通するのは、以下のような点です。
- 家族から「自立」を促す言葉をもらっている
- その言葉を「突き放された」ではなく「信頼された」と受け取っている
- 家庭での経験を仕事に還元し、仕事での学びを家族に返している
- 家族との関係を「犠牲」ではなく「糧」として捉えている
仕事か家庭か、という二者択一ではなく、両方が互いを支え合う構造を自然に作っている。
頭で考えてそうしたというよりも、家族と向き合うなかで自然とそうなった、という印象を受けます。
まとめ
たかの友梨さん、神崎恵さん、IKKOさん。
3人のバックグラウンドはそれぞれまったく違いますが、共通していることがあります。
家族との関係が、キャリアの「妨げ」ではなく「原動力」になっている。
そして、家族から受け取った言葉を、自分の仕事の軸に据えている。
養母から「手に職をつけなさい」と言われ続けた人。
離婚を経て「子育ては自分を知るプロセス」と捉え直した人。
母から「1円の援助もしない」と送り出され、それを覚悟として受け取った人。
美容業界で成功した女性たちのキャリアを支えているのは、華やかな実績の裏にある、ごく個人的な家族との記憶なのだと感じます。
編集部にいた頃、取材の最後に「原点は何ですか?」と聞くと、多くの人が家族のエピソードを話してくれました。
成功の秘訣は「戦略」ではなく、「忘れられない一言」だったりする。
そういうものなのかもしれません。
自分自身も小学生の娘を持つ母親として、この記事を書きながら考えさせられました。
いつか娘が大きくなったとき、「お母さんに言われたあの言葉があったから」と思ってくれるような、そんな一言を自分も持てているだろうか。
答えはまだ出ていませんが、少なくとも向き合い続けることが大事なのだと、今回の取材を通じて改めて感じています。